08 負の感情は自分に合っていない言葉の合図

自分が幸せになる方法は、人が幸せになる方法と全くちがう。

 

一人ひとり、驚くほど違う性質を持って生まれてきて
肉体的特徴も、精神的特徴も、生きる目的も全く違う。

だから、人の言葉をただ鵜呑みにして生きていけば
幸せになれるなんて、限らない。
誰かにとって真実でも、自分にとっては真実ではないかもしれない。

例えば、誰かに「あなたはダメなお母さんですね」と言われて
不快な気持ちになる人がいたとしたら、その人は素敵なお母さんということなんだ。

あなたは、誰かから「あなは宇宙飛行士になれません」と言われて、落ち込むだろうか?
多くの人は、落ち込まないだろう。
唯一、落ち込む人がいたとしたら、その人は宇宙飛行士の人だ。

宇宙飛行士になる人だから「宇宙飛行士になれない」と言われて落ち込む。
良いお母さんだから「ダメなお母さん」と言われて落ち込む。
美しい人だから「美しくない」と言われて落ち込むんだ。

だから例えば、「あなたは美しくない」と言われて、落ち込んだとしたら
落ち込んだ分だけ「私は美しいってことなんだ」と思わなければならない。

でも、ほとんどの人は逆の解釈をする。
「あなたは美しくない」と言われて落ち込んだら「やっぱり私は美しくないんだ」と解釈してしまう。

例えば私は、絵の才能がないと言われても、落ち込まない。
でも、音楽の才能がないと言われれば、ショックを受ける。
ショックを受けるということは、私は音楽の才能があるってこと。

音楽の道を閉ざされたり、音楽をやらせてもらえない環境に置かれたら、とんでもないストレスになるだろう。
怒りや憤りが、たくさん湧いてくるに違いない。

その怒りや憤りが大きいほど、あぁ、私は音楽をやるために生まれてきたんだなぁ、と気づかされる。

感情というものは、自分が何者なのかを知る、シンプルな合図だったりする。

不快な感情が湧く言葉は、自分本来の周波数に合っていない言葉。
だから「馬鹿だ」「才能がない」「無理だ」など、いろいろは言葉で不快に感じたのなら
その言葉は自分の周波数に合ってない言葉なのだから、「やっぱりそうか」と自分に入れ込んではいけないのだ。

可能性があるにもかかわらず、自分に対して「可能性がない」と無意識に思っていたとする。
そうすると、それが現実に投影されて、人から「可能性がない」と言われたりする。
その言葉に不快に思ったとしたら、それは
「知らぬ間に、自分に対して可能性がないと思ってますよ。だから、その考え方をやめてください」という合図だ。

だから、不快になった分だけ「自分には可能性があるんだ!」と思い直さないといけない。
そして人から「可能性がない」と言われたとしても、笑い話に聞こえるくらいまで、
自分に「可能性がある」という感覚を定着させる必要がある。

世の中は、常に「偉い人の言うことをききなさい」と教えている。
だから、人の言葉を鵜呑みにしてしまう癖がついている。

ニュースやメディアが言うことでも、親や親友が言う言葉でも、
必ず鵜呑みにしないで、自分の心で感じてみて、心地よく感じるものや、納得感のあるものだけを取り入れるようにする必要がある。

隣の人にとって納得する言葉でも、自分の生き方には合っていないかもしれないのだから。

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