わがままな主張こそ純粋なもの

子供はみんな、希望に満ち溢れてる。

夢が叶うこととか、愛されることに
なんの疑いもなく、キラキラワクワクしている。

だからこそ、親に愛されないと知った時
好きなことをしたら、怒られると知った時

そのショックは大きい。

ショックを受けた状態で、
状況に反抗して、立ち向かうことは難しいから
(相手は大人だし・・・)

諦めて、我慢して、その場怒られないようにすることで
被害を最小限に収めようとする。

諦めて我慢することが
自分の身を守る手段だと知ると

とても上手に、それができるようになる。

そして、いつのまにか
『もともと多くを望まない人間』かのような錯覚を起こす。

我慢できる子(諦められる子)が良い子。
言うことを聞く子(望みを主張しない子)が良い子。

そんな世の中で育つと、

大人になっても、無意識にそこを鍛えようとしてしまう。

ーーーーーーーーー
認めてもらえなくても大丈夫。
愛されなくても大丈夫。
人から評価されようとするんじゃなくて
自分で自分を愛さなければ!
ーーーーーーーーー

そうやって、強くなろうとする気持ちのどこかに
「諦めと我慢」が入っていないだろうか・・・

ーーーーーーーーー
私はいつだって、素晴らしいって言われたい!
愛されたいし
優しくされたいし
認めてもらえないなんで、悲しいよ。
ーーーーーーーーー

そんな、子供が言いそうな叫びこそ
純粋な望みなんじゃないのかなぁ。

すくなくとも、私はそうだ・・・

もっと望んでいいとしたら。
どんな主張をしても、怒られないとしたら。

純粋無垢な自分が
本当に望むことは、なんなのだろうかと・・・

思いを馳せる時間も、大切なのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です